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田舎のダメお嬢と呼ばれて

地方公務員の両親のもとですくすく育ち、念願の上京。職を転々としていたダメ娘は三十路を過ぎ、「地域おこし」という夢を見つけた。

【地域ルポ】17(鹿児島県鹿児島市)鹿児島にちゃんと来たのは初めて

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駅ビルに観覧車と

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街に出ると路面電車

 

私が好きなものが二つもあって、いきなり鼻息荒くなってしまう。

 

たぶんちゃんと訪れたのは初めての、鹿児島。

 

今回訪れた目的は、移住ドラフト会議にエントリーしたため。

 

イベント詳細はこちら

http://mishima.link/?p=9604&utm_content=bufferb2244&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

 

今回は結構バタバタだけれど、

この街、きっと良いスナックがある気配もするし、

イベント参加者の熱量も凄いし、

きっとまた必ず来るなぁ、という感じ。

 

そう言えば移動中の新幹線さくらで、トンネルのたびに

 

「海がぁ〜〜!見えないよぉぉぉーーー!」

 

と絶叫する男の子に静かにウケてたんですが、

 

もし私が彼だったら、

 

「席がぁーーー!!ないよぉぉぉ〜!!!」

 

と泣き叫ぶのかな。(自由席乗車率120%)

 

もしくは

 

「仕事がー見つけたいよぉぉぉーーー!!」  

 

「夫と子どもがぁぁーー!欲しいよぉぉぉ!!」

 

だろうか?この大人要望多いな。

 

そんなんを考えてたらあっという間に終点の鹿児島中央駅でした。

【小話】23 震災を自分なりに考えたら不思議なご縁に恵まれた話

>2014.3.12

前職のイベント屋時代、被災地に実際に行く機会が数回あった。

 

リンゴ農家さんとか、漁師さんとか、実際に働くお父さんたちやその家族の話を生の声で聞く体験ができたこと。すごーーく貴重だったと思う。

みな口をそろえて「忘れてほしくない」「まず来て、見てほしい」って言ってた。


震災直後にtwitterで見つけた「被災地に必要なものを被災地で調達して届ける」っていう『復興市場』なるものに少額ながら寄付を続けているのだけど、先日の久々の寄付に「追伸;息の長い支援をありがとうございます」って書いてあってジーン。

 

いやー、一応転職してほんの少しだけ給料上がりましたけど、平均三十路より全然もらってないんす。。。頑張ってキャリア積みます~!てな気持ち。


自分がいる場所で、やれることを、やれる範囲で、継続的に。


さ、明日も働くぞ。

http://fukkoichiba.com/

 

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この時私はカフェ会社の地域事業部に転職したてだった。

その後新店舗立ち上げで通算一年岡山に住むことになったのだけれど、なんと、スタッフが貸してくれた雑誌でこの寄付サイト主宰者を発見。

 

"『ハレの国で深呼吸』という雑誌で見つけ、大変驚きました。実は転勤で10月まで岡山におります。もしも岡山駅にいらっしゃることがあれば、お立ち寄りくださいませ"

 

メールを送ると、なんと、激カワなお嬢様とご来店下さったのだ。

 

4年越しのこのご縁は、結構シビれました。

【小話】22 ”編集する”ということ

イベントディレクターだったとき、とある番組を作る場に立ち会った事がある。
「地方活性を頑張る高校生を追う」が目的だったのだけれど、バラエティ出身担当者の面白がり方のズレた編集に、クライアントがブチ切れてしまった。
 
重い空気の漂う試写室内で皆で意見を出し合い、バーっと編集し直し。
 
数時間後に見たラフは全く違った印象になっていて、とても驚いた。
 
編集って、そのくらい威力があるもの。
 
昨日民放で「尾道デニムプロジェクト」が特集されていた。岡山で働いていた時に実際に店舗にも行ったので、お、とチャンネル回す手を止める。
 
でもなんだか、違和感・・・。
 
”もともと2万円のジーンズが、漁師が履いた後は4万に!”のテロップ。
 
「なんか詐欺みたいやねぇ(笑)」という漁師のコメントの切り出し方。
 
最後に”地域活性になれば”というコメントは使っていたけれど、なんだかあの編集だと途中が強過ぎて薄れるんじゃないだろうか・・・。
 
私が最初にこのプロジェクトを知った番組の編集は「面白いことやってる若者がいるよ」って感じ。
 
だけど、昨日の編集は「ボロイ商売見つけた企業が地方に!」って感じだった。
 
面白がり方が違ってて、実際にはどうであれ、私的には前者が好きかなーと思ったのでした。
 

【小話】21 春一番の思い出

故郷で、田んぼに落ちたことがある。


猛烈に吹き荒れる風に身を任せながら田んぼ道をチャリ通学してたら、まさかの無風スポットがあって。


それは一瞬だったけど、高校2年生だった私に「羞恥とはなにか」をしっかりと教えてくた。

 

ひっくり返る空、

その日にはいてたダサい下着、

尻を強打して立ちすくむ私を助けてくれた、軽トラのおじちゃん。

 

そのあとしばらく鉄板ネタだったということもあるけど、今でも鮮明に思い出せる。


当時携帯を持ってなかったから、最寄り(と言っても10分くらい)のコンビニまで泥だらけのスカートをなびかせながら行き、公衆電話で家に電話。

迎えに来てくれた母の「わーあんた泥臭~い!ハハハ!(笑)」というコメントに安心してちょっと泣く、という、ほのぼのした思い出。

 

そのときとおんなじ風が吹く渋谷。

 

あれからもう15年も経ったんだなぁと感慨深く思いました。


春ですね。

【小話】20 私はなかなかカッコイイ母に育てられた

小学生の頃、大嫌いな先生がいた。
男女差別をする!と当時の私は思い込んでて、一度それを母親に抗議したことがある。すると、

 

「もしそれが本当やったとして、それこそ社会。色んな人がおる社会というものを学べるいい機会やと思う。」

 

彼女はまさかのリアクションを返してきた。


当時の私はキョトーン( ˙-˙ )

 

でも事実、そのあと突入した社会は非常にカオスで、クソみたいな人にも、素敵な人にも、たくさんたくさん出会った。その度に、お母さんスゲー。。。と思ってきた。

 

あの時、先生を弁護するでもなく、娘を叱るわけでもなく、「それこそ社会」と言い切った彼女の格好良さが、今では私のお気に入り。

 

それを話すと「えー?覚えちょらんけど私ナカナカいいこと言うね。笑」と満足気に笑っている。