田舎のダメお嬢と呼ばれて

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小話78 私の3.11

当時、私はイベント屋だった。
渋谷・宮益坂上の6階のオフィス。揺れはすぐに激しさを増し、コーヒーがデスクに飛び散った。まっすぐ歩けないほどの揺れ。みんなで慌てて青学に避難する途中、電信柱がぐわんぐわん揺れる様に、心底怖いと思った。

 

母からは毎日、宮崎に帰ってこいメールが来る。コンビニからは何にもなくなるし、自粛ムードで仕事も無くなるし、不安で不安で仕方なかった。当時付き合っていたのは東京の人で、彼の前でも泣いてしまう。毎日続く余震。テレビを付ければ悲惨な話や同じCMばかり。

 

「今あんたが東京におらんといかん意味はなに?!」という母の言葉に、ハッキリ答えを返せない自分。でも私は東京から離れたくなくて。

 

ネオンが消え、暗く死んだような渋谷を会社の社長と歩きながら「どうなるんでしょうか・・・」とつぶやいたあの日から8年。

 

その後、大きな天災がいくつも起きた。

 

そのたびに、寄付をしてみたり、ボランティアに行こうとしてみたり(実現せず)、自分にできる応援はそんなことしかなくて、もどかしく思う。

 

震災の翌年に、仕事で宮城へ行った。

 

「まずは来て、見て欲しい。」

 

壊滅したりんご畑を再建する農家や、流された港とは別の場所で朝市を再開させた漁師たちの言葉を聞きながら、ちゃんと見なきゃ。そして考えなきゃ。と思った。

 

まずは、気持ちを向けることから。

 

そんな思いで過ごすようにしています。