田舎のダメお嬢と呼ばれて

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【地域ルポ】39(高知県)ホエールウォッチング、ありですね!

友人が息子を連れて遊びにきたので、ホエールウォッチングに行ってきました。土佐湾に定住しているというカツオクジラを見るツアー。

「昨日からだいぶ沖の方に移動している」ということで、まずは船をぶっ飛ばしてポイントまで2時間。キラキラの海が生き物のようにうねる。そこに突っ込んでいく船。ジェットコースターのようなスピード感に「フーーー!」とテンションだだあがり。

クジラに会えない時もあるらしく、あまり期待できないかなーと思っていたのだけれど、大丈夫。船に乗ってるだけでだいぶ楽しいから…!

「もう一隻の船が見つけたようなので、そちらに向かいます」というガイドの声が聞こえたかと思うと、船長が船をぶっ飛ばし始めた。このぶっとばす瞬間の音と風がたまらんのです。

ブ、ブ、ブォーーーーン!
バシャーン!バシャーーーン!!
いくぞいくぞいくぞーーーーー!!!

でも着いてみると、海の上には、クジラが潜る時に残すという大きなリングのみ。

一度潜ると10分以上出てくることはないらしく、ここから待ちの時間がくる。
参加者10名ほどの船の上が、シーンと静まりかえる。
疲れと、諦めと、ちょっとの期待と。なんとも言えない空気感だ。

そしてこの船を停めている時が、めちゃくちゃ揺れるのだ。ゆったりした、おおきな揺れ。私は最高に楽しいが、友人は出港10分で完全に船酔いしている。うなだれて「もう、どうでもいい……」と小声で言っている。友人息子はピンピンしてて「おかぁ、もうダメやん笑」と笑っている。可哀想だけど、何もできない。
しかしこれを2回繰り返したあと、クジラにしっかりと会えたのでした。

遠くに小さなブロー(潮吹き)があがった瞬間、もう船がそちらに全速力で向かっている。
さすがっす、船長!!いくぞいくぞいくぞーーーーー!!

追いつくと、親子のクジラが、悠々と泳いでいた。食事中なのだそう。友人息子と一緒に「わーーーー!」と思わず声が出る。

捕鯨していた時代ってこんな感じだったのかなぁ。ヒトにとっては、待つ時間がほぼだったはず。でも一度見つけたら、みんなで追いかける。相手は巨大だ。さぁ、仕留めるぞー!アドレナリン全開だっただろうな。

今は、クジラに近づいていい距離とか、追い込むような操縦をしないとか、細かくルールが決まっているらしい。確かに近くまで行ったら、そっと寄り添うような操縦だった。まぁでも、クジラにしてみたらどっちみち迷惑だろう。ごめんねー、ありがとうー、という気持ちで見守る。

しばらくすると、2頭は海へ潜って行った。
あとには大きなリングがぽわーんとふたつ。なんかいい。これ”クジラの足跡”とも言うらしい。

「もうちょっと粘る?帰りが15時過ぎるけどー」
船長がガイドに言うのが聞こえた。ガイドが「そろそろ帰りますか?」と参加者に聞く。「そうですね。クジラも見られましたしね〜」とやんわり同意する私。他の参加者も時間を気にしていたみたいで、戻ることになった。
結局、陸に戻ってきたのは出港から約6時間後でした。

”所要時間4時間程度”と書いてあったので、クジラを見せたい!という運営側の本気度が伺える。素晴らしいじゃないか。

海には、陸とはまったく違う世界がある。それを実感できるツアーでした。楽しかったし、感動した。
また必ず、行きたい。


大方ホエールウォッチング(高知県)

https://nitarikujira.com/

小話222 ハッピーエイプリルフール

今年一発目の仕事は1月3日。タイミーで募集されてた巫女をやった。そしたらその投稿を見た方から別の巫女仕事をいただいた。2月3日の節分の日、今年2回目の巫女が実現。そのあと短期バイトを探していたら、ソフトバンクホークスの宮崎キャンプでグッズ販売をすることに。選手を一人も知らなかったけれど、なんとかやり切った。
3月、スリランカに行き、アーユルヴェーダを体験した。規則正しく、整う生活。人の笑顔。癒される。その効果もあったのか、半年間悩まされた腱鞘炎もだいぶ良くなってきた。いい感じだ。
そういえば巫女をやった時、一緒に入ってた姉さんから「岩村さんは試験監督に向いていると思う」と試験運営会社を教えてもらっていた。宮崎県でも登録会が開かれたので参加したのだけれど、知らない世界ってまだまだあるんだなーと実感。試験前に全員の腕時計の秒針合わせをするのだそう。ジャパンすぎる。無事に登録完了したので、今年は日本のどこかで試験監督にもなっているだろう。
ワクワクするなーと思っていたら、「相撲協会が募集かけてるよ!」と、上高地のリゾートバイトで部屋が隣だった姉さんがURLを送ってくれた。人事と経理を募集している模様。もし書類選考通ったら、面接は両国国技館内の事務所で行うらしい。なにこれ!おもろ!!と、とりあえず応募しておく。
そうしていたら、高知の友人から「6月から来られますか?」の確認が来た。彼のホテル開業チームに入ることは少し前から決まっていた。タイミングまた詰めましょう〜と返信する。
毎年思うんだけれど、暮らし全体が嘘みたいだ。
そしてそれは人との縁ありきだなとも思う。ありがたいことよ。
 

小話221 『男はつらいよ』をどう観るか

最近『男はつらいよ』を観ている。

あれ?今の自分て寅さんなのでは?と気づいて観始めたのだ。

10作品を観たが、共感が止まらない。完全に寅さん目線で観ているため、色々なセリフが刺さってしまう。
「ていのいい無職じゃないか!」とおいちゃんが怒る。
「お兄ちゃん、歳をとった時のことを考えた事ある?」とさくらが泣く。
「汗水垂らして、ちゃんとした労働をしたいのさ」と寅さんだって時々、暮らしを変えようとする。
たまに戻る、実家での居候暮らし。
旅先では“面白い人”で通る言動が、実家では“バカだねぇ”の一言で片付けられてしまう。けれどもどんなに喧嘩したって、おいちゃんもおばちゃんも妹も愛してる。じゃあ柴又暮らしが心地いいかって言われるとそりゃあ違う。平坦な日々。自分が矮小化されてく感覚。次第に周りとの軋轢も増し、結局また旅に出る。
だからなのだろうか。恋する女性たちとうまくいきそうになっても、寅さんは逃げる。振られてばっかりなのかと思いきや、10作品目あたりは告白されることが続くのだ。
好きな人から「寅さん、私、寅さんだったら……寅さんだったらいいわ。」なんて真剣な告白を受けても、ダダダっと後ずさって、いつものようにふざけて転び「冗談言っちゃぁ、いっ!いけねぇぜっ!」なんて言ってしまう。
なんでそーなるのよっ!いいからお受けしなよっ!!好きなんだろーーっ!!!
そこでハッとした。
私は何に怒っているんだ??
責任は負いたくない。何にも縛られたくないし、どこまでも軽やかでいたい。でも恋はしたい。その寅さんの悲しさとズルさに、完全に自分を重ねていた。
全50作品ということは、あと40作品も残っているということだ。

おいおい、この身が持つかねぇ。

小話220 最近の若者は優しい

「これお願いします」
「paypayでもいいですか?」
「レシートは大丈夫です」
「ありがとうございます」

宮崎のハンズでレジ待ちをしていたら、20代と思しき男性のハキハキと通る声が聞こえた。しっかりと要望を伝え、お礼を伝えて去る姿。あーいいなぁと心から思う。

今の若者は本当に優しい。今年いろんな若者と出会う機会があったけれど、ハキハキとして誠実な対応ができる若者ばかりだった。それはモンゴルも同じで、若い世代ほど優しく、柔軟だった。

男性はワイルドがカッコいい!女性は媚びてなんぼ!なんていう、今思えば馬鹿げた時代を過ごした身としては、本当に素敵な変化だと思う。

自分自身もちゃんとアップデートして、この優しい波に乗っていきたいな。

小話219  断念したって、いいじゃない

大学卒業後、東京でダンサー目指して25歳までフリーター→断念。ジュエリー会社、イベント会社、カフェ運営会社を経て、MBA取るぞ!とビジネススクールに1年間→断念。32歳で宮崎にUターン。ライターとして活動開始。図書館スタッフとして拾ってもらい都城市に移住。退職した年にコロナ禍突入。友人に誘われてマレーシアにあるウーバーのカスタマーセンターに勤めることに。オンライン研修開始→テストに落ちて断念。落ち込んでたら、ふるさと納税会社のデザイナー枠を紹介してもらった。デザインを一から学ばせてもらってラッキー。ライター業と並行してやってみる。そのうちモンゴル欲が増してきてJICA海外協力隊受けたら受かった!わーい、会社辞めます!ライターも辞めます!39歳でモンゴルへ!しかし度重なるメンタルダウン→1年で断念。帰国して「おてつたび」に参加。三重の旅館で日本のオモテナシプレイに触れる。なにこの業界おもろ!次は北海道行きたい!→全然受からなくて断念。派遣会社に紹介された長野の上高地へ。自然さいこう。若者たちと話すのもさいこう。次は大分の湯布院へ!仲居業を極めたーいっ!→腱鞘炎になり、いったん断念。
なんとまぁ、断念続きだろう。
でも断念の後には必ず、おもろい展開が待っているんだよなぁ。
ということで私はこれからも、興味に忠実に生きていこうと思います。