田舎のダメお嬢と呼ばれて

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小話88 「ダセェ」の基準

最近バリバリバリと音を立てるバイクの若者たちがマンション下に溜まるのだけれど、何でこんなにダセェ…と思うのか考えてみた。

 

恐らく私は、"その人自身が生み出すもの"を崇めているのだと思う。だから例えば、ラップとか弾き語りとかダンスであれば、下手くそやなー!とは思ってもダセェとは思わない。その人の身体や思考から直接的に生まれるものが好きなのだ。

 

あと、そういう直接的なアウトプットというのは基本的に"恥ずかしい"ものだ。その恥を背負ってるかどうかは結構キモで、若いうちには特に、存分に恥をかくべし!という思いもある。

 

その視点から見ると、「バイクや車の改造」というのは自己表現としては安全すぎる感じがしてピンとこない。それなのに爆音に比例した自意識はちゃんと透けて見える感じがあって、それが「ダセェ」になるのだろうな。

 

以上がオババの見解。勝手なこと考えてごめんよ。

と思いつつエレベーターに乗りました。